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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)7177号 判決

原告

蘇継栄

ほか三名

被告

荏原馬込交通株式会社

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

一、被告は原告蘇継栄に対し三一二万円、原告渡辺堯子に対し五四九万円、原告渡辺賢一、同渡辺清華に対し各五二二万円およびこれらに対する昭和四三年七月四日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

第二、請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨の判決を求める。

第三、請求の原因

一、(事故の発生)

昭和四二年四月二六日午前〇時五三分ごろ東京都港区東新橋二丁目一二番八号先第一京浜国道上において、訴外竹内正守運転の営業用小型乗用自動車(品川五う六九六三号、以下甲車という。)と訴外工藤一正運転の自家用普通貨物自動車(多摩四ほ二四三三号、以下乙車という。)とが衝突し、これにより甲車の乗客訴外劉徳泉が同日午前一時一五分ごろ病院で死亡し、原告蘇が十二指腸破裂、頭部挫創等の傷害を受けた。

二、(責任原因)

被告は、甲車を所有し自己のために運行の用に供していたのであるから、自賠法三条により、本件事故により生じた原告らおよび訴外劉の損害を賠償する責任がある。

三、(損害)

(一)  原告蘇の損害

1 治療費等

同原告は、事故発生の日である昭和四二年四月二六日から同月二八日まで慈恵医大附属病院に、同日から同年八月三〇日まで日赤中央病院にそれぞれ入院し(入院期間合計一二七日)、その間同病院で開頭骨片切除、胃切除、右虹彩切除、頭蓋成形の各手術を受け、退院以来同病院に通院しているが、これに要した費用は次のとおりである。

(1) 治療費 四六万四五七六円

(2) 附添費 一四万四一八三円

(3) 入院室料 五一万四九〇〇円

(4) 入院雑費 一〇万円

2 休業損害

同原告は、一九二四年四月四日生れの中国人で、中国料理の調理士として約二〇年の経験を有し、事故当時株式会社ダイヤモンドホテルの嘱託調理士として一か月一八万円の報酬を支給されていたが、右治療に伴い、同年九月末までの五か月間休業を余儀なくされ九〇万円の損害を受けた。

3 慰藉料

同原告の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、以上の諸事情および右眼の視力が失明に近いほど、減退し、調理士としての仕事を続けることが困難になつた事情に鑑み二〇〇万円が相当である。

4 損害の填補

同原告は、強制保険金一〇〇万円を受領した。

(二)  原告堯子、同賢一、同清華の損害

1 葬儀費

原告堯子は、訴外劉の事故死に伴い、葬儀費用として二七万円の出捐を余儀なくされた。

2 訴外劉の得べかりし利益

(1) 同訴外人が死亡によつて喪失した得べかりし利益は、次のとおり一四一八万円(万円末満切捨)と算定される。

(死亡時) 二八年五か月

(推定余命) 四二年(平均余命表による)

(稼働可能年数) 二六年七か月(三一九か月)

(収益) 同訴外人は、事故当時前記ホテルに中国料理調理士として勤務し、月給一四万円を支給されていた。

(控除すべき生活費) 一か月七万円

(毎月の純利益) 七万円

(年五分の中間利息控除) ホフマン複式(月別)計算による。

(2) 原告堯子は中国籍の同訴外人の妻(昭和三五年冬結婚、昭和四〇年二月一六日婚姻届出)、原告賢一は同訴外人の長男(昭和三六年一〇月一九日出生、昭和四〇年二月一九日認知)、原告清華は同訴外人の次男(昭和三九年九月一六日出生、昭和四〇年二月一九日認知)であるが、同原告らは、同訴外人の扶養を受け、親子夫婦として共同生活を営んでいた。したがつて、同原告らは、同訴外人の得べかりし利益の喪失による損害賠償請求権を相続により承継取得し、もしくは、扶養請求権の侵害による固有の損害賠償請求権を取得した。その額は、右一四一八万円の三分の一である四七二万円(万円未満切捨)ずつである。

3 慰藉料

同訴外人が死亡したことによる同原告らの精神的損害を慰藉すべき額は、以上の諸事情に鑑みそれぞれ一五〇万円が相当である。

4 損害の填補

同原告らは、それぞれ強制保険金一〇〇万円を受領した。

四、(結論)

よつて、被告に対し、原告蘇は三一二万円、原告堯子は五四九万円、原告賢一、同清華は各五二二万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年七月四日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四、被告の事実主張

一、(請求原因に対する認否)

第一、二項は認める。第三項中原告堯子、同賢一、同清華と訴外劉との身分関係および原告らが強制保険金を受領したことは認めるが、その余は知らない。

二、(事故態様に関する主張)

本件事故は、訴外工藤が泥酔のうえ高速で乙車を運転し、事故現場附近の安全地帯に乙車を激突させた反動で、乙車が直角に向きを転じ、反対方向から進行してきた甲車の右側中央部に衝突したものであり、余りに不意の出来事であつたため、訴外竹内としては避譲措置をとることができなかつた。

三、(免責の抗弁)

右のとおりであつて、訴外竹内には運転上の過失がなく、事故発生はひとえに訴外工藤の過失によるものである。また、被告には運行供用者としての過失はなかつたし、甲車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつたのであるから、被告は自賠法三条但書により免責される。

第五、抗弁事実に対する答弁

訴外工藤に過失のあつたことは認めるが、訴外竹内が無過失であつたことは否認する。事故現場は、横断歩道のある交差点で、都電の停留所があるうえカーブとなつており、制限速度は毎時四〇キロメートルと定められている。しかるに、訴外竹内は、時速約七〇キロメートルの高速度で都電軌道敷上を進行し、乙車が斜め前方にとびだしてくるのを発見したが、発見がおそかつたため、適切な避譲措置をとることをしなかつたのであつて、同訴外人には制限速度違反および前方不注視の過失があつたのである。

第六、証拠関係〔略〕

理由

一、事故の発生

原告ら主張の日時・場所において、訴外竹内運転の甲車と訴外工藤運転の乙車が衝突し、これにより甲車の乗客訴外劉が死亡し、原告蘇が傷害を受けたことは当事者間に争いがない。

そして、〔証拠略〕によれば、事故発生の態様について次のような事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

本件道路は、両側に幅員三・五メートルの歩道があり、車道部分の幅員が二八・七メートルの南北に走るアスファルト舗装道路で、中央に幅六メートルの都電の軌道敷がある。そして、事故現場の南約一〇メートル先に信号機の設けられた交差点があり、本件道路は、右交差点内で東へ約三〇度彎曲しているが、前方の見通しはよく、五〇メートルおきに街路灯が設けられているため夜間もかなり明るい。制限速度は毎時四〇キロメートルと定められている。事故発生直後の交通量は一分間に二〇台程度であつた。

乙車は、軌道敷内を時速約五〇キロメートルで北進中、右交差点を通過した直後、進路上の都電安全地帯の側面に衝突し、全長四・六七メートルの車体が左に傾き今にも横転しそうな状態で右へ方向を転じ、右速度と大差のない速度で軌道敷を約三〇度斜めに進行し、折から軌道敷の東端に右車輪がかかるあたりを対向してきた甲車の右側中央部にのしかかるような恰好で激突した。その結果、甲車は、大破し、衝突地点の東南約七メートルの地点で西向きに停止し、乙車は、衝突地点の東北約九メートルの地点で西向きに停止した。なお、訴外工藤は、飲酒酩酊し正常な運転ができる状態ではなかつた。

二、責任原因

(一)  被告が甲車を所有し運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。

(二)  そこで、被告主張の免責の抗弁について判断する。

1  まず、事故の発生につき訴外工藤に過失のあつたことは当事者間に争いがない。

2  次に、訴外竹内の無過失の点であるが、右認定事実によると、乙車は、安全地帯に衝突して急に方向を転じ、軌道敷内で甲車の右側面に衝突したのであるから、同訴外人としては、衝突をさける余裕がなかつたものと認められ、これによると、同訴外人には運転上の過失がなかつたというほかない。もつとも、〔証拠略〕によれば、甲車の走行速度は制限速度をかなり超過していたことが認められる。しかし、右のとおり、時間的に回避不可能な状況で事故が発生したものである以上、甲車の速度のいかんにかかわらず、衝突は起つたと推測され、甲車の速度違反と事故の発生との間には相当因果関係がなかつたのであるから、右違反の事実をもつて同訴外人に過失があつたということはできない。また、〔証拠略〕によれば、乙車は、道路の彎曲しているあたりで一時対向車線上を進行し、軌道敷を斜めに横切るようにして安全地帯に衝突したことが認められる。しかし、同訴外人としては、進路を正常に復する態勢をとつた乙車が安全地帯に衝突して再び甲車の進路に進入することまで予想して、事前に事故防止の措置を講ずる義務はないといえるから、この点においても同訴外人には過失がなかつたのであり、他に無過失の認定に反する証拠はない。

3  そして、本件事故が訴外工藤の一方的過失により発生したものである以上、特段の事情が認められない限り、被告および甲車には本件事故と相当因果関係のある過失ないし瑕疵がなかつたものと推認すべきところ、右特段の事情の存在をうかがわせる証拠はなにもない。

4  以上の次第で、被告主張の右抗弁は理由がある。

三、結論

以上の理由により、原告らの本訴請求は、その他の点を判断するまでもなく失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 倉田卓次 並木茂 小長光馨一)

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